前置き
そもそも仮想通貨とは何かという話は長くなるので置いておくが、仮想通貨の既存通貨に対するプラクティカルな優位性は大雑把に言って
1管理運用コストが格安 2両替不要(広義で前項に含まれる) 3送金タイムラグなし
あたりに集約される。
1・2・3いずれも金融機関を中心とした法人の決済手段としてのメリットが大きく、運用でなく実用の決済手段としてはCtoCの需要の方がより高いだろう。
我が国における普及率は米国などの仮想通貨先進国に比べればまだまだ低いが、それでも昨年から一部国内業者で電気代やガス代を仮想通貨で支払えるようになったり、今秋を目途に
MUFGが対円固定レート(1円=1MUFGコイン)の仮想通貨を自ら発行することを目指している報道があったり
ダイムラーベンツが仮想通貨サービス会社を買収したりなど、グローバル規模で徐々に盛り上がりつつあるのは確か。名門財閥たる三菱がこの手の話に他に先駆けて足を突っ込むのは意外で、確かに固定レートの仮想通貨なんて面白くも何ともないのだが、為替商品としての魅力を捨てても固定レートの安定を取った三菱に自前の仮想通貨普及にかける本気を見る思いがする。
マウントゴックス事件で露呈したように国が価値を保証しない仮想通貨の最大のウィークポイントは信用性の低さ、だが日本のGDPの10%を占める天下の三菱グループがケツを持つ、しかも固定レート保障となったら採用に踏み切る企業は多いのではないだろうか。
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以上前置き終わり。
仕事で仮想通貨の導入を検討していることもあり、勉強半分興味半分で少し前から仮想通貨を所持しているが、これは使用の為というより外貨運用の変わり種としてであって実際に使用したことは未だない。今回の旅で初めてこれを使ってみるというミッションを自らに課した。
ただ単に仮想通貨を使ってみたいだけなら東京都内で使える店は幾つもある。だが見知らぬ外国で使ってみる方がより面白い。面白いことが好きな自分は出発前にふと思いついたこのアイデアに熱中し、この件については珍しく入念に下調べを行った。
インターネットは便利なもので、探してみると「仮想通貨が使える店のマップ」なるものがちゃんと存在する。それによればモスクワにはほとんど仮想通貨が使える店がなく、唯一使える飲食店が都心から20㎞ほど離れた郊外
ドルゴプルドニという町にあるサブウェイ。
モスクワに対するドルゴプルドニは、東京に対する本八幡とか市川とか武蔵小杉とかその辺の位置関係。観光地でも何でもないただの郊外の住宅地を訪ねて行ってみるのも面白そうじゃないか。ということでモスクワ最後の日の半日を費やしてわざわざ何の変哲もない郊外のサブウェイを探す旅に出る変な東洋人。
北京ホテルをチェックアウトするとまずは地下鉄コムソモルスカヤ駅へ行き、地上へ出ると目の前には今晩の出発駅である
レニングラーツキー駅。駅の地下は荷物預かり所になっていて、不愛想な駅員に370ルーブルだかを払うと指示された番号のロッカーまでスーツケースを運ぶ。有人なのにセルフかよ
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レニングラード駅前 |
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と、レニングラーツキー駅。北へ向かう長距離列車はここから発着 |
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北へのターミナル駅なのでさすがに荷物チェックは厳重 |
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人気のない地下 |
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地下のコーヒー自販機。うーんマズい |
地下の廊下に設置してある自販機に50ルーブル硬貨を入れると、検尿カップのようなちっこいプラカップに全然美味しくないインスタントコーヒーが出てくる。どこでもこんなもんで、逆に言えばコーヒー好きにとって日本は天国。100円でそこそこおいしい挽きたてコーヒーが飲める国なんて他にない。いや本当に。
レニングラーツキー駅を出てまたコムソモルスカヤ駅から地下鉄を乗り継いで地上駅
サヴェロフスキー駅にたどり着いた。ここから郊外線に乗り換えてドルゴプルドナヤ駅で降りれば目指すサブウェイに着く筈だ。
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観光客には縁がないであろう、何の変哲もないローカル線サヴェロフスキー駅
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電車キター。ロフニヤって何だ? |
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着いた!と思ったら手前の駅。このあと一時間弱次の電車待ち |
ロシア語のアナウンスは当然分からず、ここかと思って降りてみた駅は目指すドルゴプルドニ駅の二つばかり前の駅。無人駅で一時間ばかり寒風に吹かれ、ようやくやってきた次の列車に乗り込む。
(やっと来た次の列車)
ローカル線のチケットはレジのレシートより小さく薄っぺらい紙切れで思わず捨ててしまいそうになるが、地下鉄のような同一料金ではないので当然ながら捨ててはいけない。降りるときはホームのポストにこのQRコードを読ませる必要があるのだ。
ローカル線の降りかた in Russia
やっと、という感でドルゴプルドニに到着すると、観光地でも何でもない何の変哲もない町の何の変哲もない街並を北風に吹かれながら15分ばかり歩く。
今この時にこの小さな町でよそ者は恐らく自分しかいない。
それを感じる瞬間もまた旅の醍醐味。
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駅の横の道から |
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踏切を越えて |
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南へ向かう通りをひたすら歩くと |
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やっとサブウェイに到着。寒すぎてピンボケ |
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マイナス10度との温度差にiPhoneのレンズも曇る |
やっとのことでたどり着いたサブウェイを前に思わず胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。それは空腹が過ぎて逆流した胃液だ。
さあさっさと食べてミッションを完遂しよう。
店内に入ると適当にサンドイッチを頼み、レジへ歩みを進める。
ここだ。さあ言え。
かじかんだ口で何度となく練習した、あのセリフを言え言うんだジョー。
"Буду платить Bitcoin" (ブードゥ プラチーチ ビットコイン)
怪訝そうな顔の店員。大事なことなので二度繰り返す。通じたか。
通じたらしい。
関わらず店員の表情はさらに曇り、何ごとか言葉を返してくる。
あ、嫌な予感。
ロシア語の意味は分からないが、何かこちらにとって望ましくないことを伝えようとしていることだけは分かる。
目の前の客にロシア語が通じないと察した店員が奥に引っ込むと、事情を聴いたらしいマネージャーらしき男性が代わりに出てくる。
彼はこの国に来て初めて話をした英語話者。
さすがマネージャー、話せるぜ(文字通り)。
「こんにちは。どうしました?」
「ああ英語分かりますか。いいね。ところでこれをビットコインで払いたいんだけど」
「すみませんが使えません」
「え」
「クレカでなら支払えますが」
「いやそんなことないでしょ。ネットでこの店はビットコインが使える店だって書いてあったから来たんだけど」
「以前はそうでした。二年前までは確かに使えたんですが、今はもう使えません」
「おーらら」
終了。
教訓:
現実世界の無数の情報は常に更新され、そして本当に新しく価値のある情報は自ら足を運ばなければ得ることはできない。
インターネットで世の中を分かったつもりになってはいけない。
観光客にとって掛けがえのない半日を費やしたミッションが失敗に終わって夕焼け小焼けで日が暮れて、得た教訓はこれ。
なんて日だ。と
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仕方がないからポケットの小銭で払った遅い昼食 |
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食べ終わるとそそくさと店を出てきた道を戻る。とっととモスクワへ帰るよ! |
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よく見かける星形ツインビルのアパートメント |
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郊外の駅前で時々見かける24h簡易スタンド。ガラス越しに選択した商品を金と引き換えに受け取る |
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の前で寒さをものともせず遊ぶ子供 |
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午後三時前でもう太陽は西に傾く。集団下校の子供たち |
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モスクワへ帰る。多分ソ連時代から使われている、ボロくてうるさいローカル線の車両 |
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しかし最新の小ぎれいな車両よりより旅情を感じるのも確か |