7.25.2014

サトサトナイト

S氏主催の「住んでからのオープンハウス」、今回はリフォーム後一年を経過したT家で開催。駅から続く上り坂の先にある住宅街の、更に階段を上がった先にあるのがオーナーTさんが一棟まるごと買い上げてその一角を自宅とした集合住宅。名付けてsato*sato

sato*satoから望む街並み
集合住宅の一階と二階の二世帯分を自宅に使用していたsatosato、小さな部屋が無駄に多く使い勝手が悪かったのをゆったりと広く明るい空間に仕立て直した、というのはS氏の解説通り。
そしてここでも主役は床と壁にふんだんに用いられた杉板。今回見学された三組(九名)の方々にも杉の床はおしなべて好評。安定の人気。
satosatoの床は全面張替えではなく一部はリフォーム前の建材の床板がそのまま残っていたので、冬であれば見学者は更に杉の床の良さを実感できた筈だ。踏み比べれば足裏から伝わる冷たさが違う。

リビング壁には白く塗った杉板
インテリア好きのT夫人のセンスが随所に光る

飴色に使い込まれた10年物のSTOOL60(四本足)にも注目

見学会終了後には初めてお会いする風樂房のらっきょさんご夫婦、施工したみどり建設社長と共にTさんが腕をふるったBBQをご馳走になったのだが、satosato家は擁壁に囲まれ、さらに擁壁の上にも家がないのでどんなに煙を出しても誰からも文句が出ないという、正にBBQにうってつけの絶好のロケーション。住宅密集地の狭小敷地に建つ我が家ではBBQなど望むべくもない事だから、これは強烈に羨ましい。
土地探しや家探しを続けていると往々にして「広さと値段と駅からの距離」だけで手っ取り早く評価する癖がついてしまいがちになるが、周辺環境や立地などをひっくるめて「我が家」であるとしてマクロに評価する事を忘れてはいけない。特に家族持ちや趣味人は。

どんなに騒いでもウルサイと言われない周辺環境は子育てにうってつけ

しかし肉も魚も野菜も、なぜ炭火で焼くとあんなに美味しくなるのか。
そしてTさんはなぜあれほどカエルに色めき立つのか。
謎は解けないまま夜は更けてS氏とsatosatoを辞去したのだが、最後にBBQ会費を納め忘れるという痛恨のエラー。
大変失礼致しましたこの次お会いする時には必ず(私信)


家の内部に設えられたレトロな小窓がお気に入り



7.22.2014

2月24日 Wrocław

英語発音ではウロクローとなるヴロツワフ。
かの国の発音で紐解くと、ドイツ語のようにWはV音になるのでWroは「ヴロ」、母音を伴わないcは「ツ」、その次はlでなくてł、Lに斜線が重なると発音がWに変化するのでłaで「ワ」、語末のwはVが無声子音化して「フ」。
書き文字と発音のギャップに初めは戸惑うがルールを覚えればクイズのようなもので、各国でカスタマイズされたアルファベットを学ぶのもこれまた面白い。

そのヴロロツワフはドイツ東部のベルリンとポーランド南部のクラクフの間を結ぶ直線の丁度中間ほどに位置し、両都市からはそれぞれ特急で五時間程度。ポーランドの中では屈指の大都市だが観光人気はいまいち、しかもシーズンオフ真っ最中とくれば観光客らしい姿もあまり見かけない。中国人を除き。

(どこにいっても中国人の観光客は見かける。かつてはこれが日本人だったものだが、今や観光業界にとっても最も太い客は中国人。チャイナマネーは偉大なり。そりゃあ天下のバーバリーも商品タグの記載に日本語じゃなくて中国語を選ぶよな)


ベルリン発クラクフ行の特急で途中下車
ヴロツワフ駅窓口
言語事情。欧州は一般に北に行くほど英語が通じやすく、南や東に行くほど通じにくくなる。ベルリーナーはほぼネイティブレベルで英語を話すので拙い中学英語でもコミュニケーションを取るのに問題はなかったが、この国で英語は若者にはほぼ通じるものの中年以降にはかなり怪しく、年寄りには明らかにあまり通じない。
年寄りに話が通じなくても別にいいか。と思いきや、駅窓口に配置されているのがことごとくババア 年配の女性であるのが大いに問題で、旅行者が最も正確にコミュニケーションを取らなければいけない相手が英語をほぼ解しない※1という訳の分からない人員配置がこの国の全土に展開されている。観光立国を目指すのであれば、ポーランド鉄道は今すぐ窓口のババアども 老婦人たちを英会話スクールに通わせるべし。



共産主義時代に建てられたいい味のビル

旧市街広場に面して建つのは13世紀に建てられたという典型的なゴシック様式の市庁舎、完成後改修と増築を繰り返して現在の姿に。ゴテゴテの装飾はカブトムシの脚のよう




第二次大戦における最大の激戦である独ソ戦の主な舞台はポーランド。多くの街は廃墟と化し、歴史的建造物もことごとく失われた。現在我々が目にする事が出来る旧市街の街並みは、戦後この国が膨大なコストと人員を投入して復元したもの。歴史的建築物で再建も補修もされていないものはほぼないといっていい。
昔から大都市であったここヴロツワフでも例に漏れず大規模な戦闘が繰り広げられ、旧市街地の殆どは灰燼に帰した。修復跡は市庁舎にも生々しく残っている



いい感じにボロい共産主義時代のアパート

 夕暮れの川沿いの遊歩道の向こう、オストルフ・トゥムスキ地域に浮かび上がるドイツ様式の尖塔は洗礼者ヨハネ大聖堂。てくてく歩いて近寄るといい感じの場所にマリア像。
通りすがりの地元JKにクスクス笑われながらあーでもないこーでもないと三脚を構えた甲斐あって、この旅のベストショット撮影に成功。これを撮れただけでこの街に来た甲斐があったというもの

16世紀に建てられた歴史ある尖塔も
実は1991年に再建されたもの


洗礼者ヨハネ大聖堂の手前、オストルフ・トゥムスキに渡る橋の欄干には無数の鍵が。この橋は愛の橋とよばれ、永遠の愛を誓うカップルがここに訪れては鍵を掛けていくのだという。
…うーん書いててムズムズするぞ。日本にもよくあるよなこういうの。どこの国でもさかりのついたリア充カップルの考える事は大差ないというかなんというか、まー要するにこんなもん取り外して溶解してレールの一本でも作った方がいいんじゃねえの?(鼻ほじりながら)



朝靄のヴロツワフ駅 次の目的地はクラクフ


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※1 窓口で英語が通じないのは日本も同レベル、しかし何とか相手の言う事を理解しようと最大限努力する日本人と違い、その他の国では言葉が通じない相手に対してはあっさりとコミュニケーションを諦めてしまうのが通常。日本人のサービス精神は本当に素晴らしいと実感するのはこういう時。

7.13.2014

2月22日 Berlin

ベルリン空港まではモスクワ乗り換え。アエロフロートを使うのは実に10年ぶり。乗り換えで立ち寄ったシェレメチェヴォ空港にはターミナルDという新しい国際線ターミナルビルが出来ていて、ソ連時代の陰鬱さを引きずっていた以前のシェレメチェヴォ2(ドゥヴァ)ターミナルとのギャップにびっくり。この明るさと清潔さとアメニティは完全に西側先進国レベル。職員の対応まで良くなっていて、初めて訪れた頃のソ連色が未だ残るおそロシアなシェレメチェヴォ空港からは隔世の感がある。

おそロシアな雰囲気は完全に払拭された新ターミナルD。やれば出来るじゃないか
2003年 薄暗く殺風景な旧ドゥヴァターミナル、中国人がそこら辺で新聞紙敷いて寝ている
1997年。ソ連崩壊から6年、一番派手な免税店ストリートでいまだこの有様。なぜこんなに暗い。おそロシア

初めてのベルリンの滞在日数は二日。欧州屈指の大都市を堪能するのにはとても足りず、今回は専ら旧東ベルリン中心街をうろうろするに留まる。
宿の最寄りのハッケシャーマルクト駅はJR新橋駅を設計したドイツ人技師がお手本にしたとかで、確かにレンガ造りのアーチなど特徴がよく似ている。ただし新橋駅前に展開するおやじパラダイスはここにはない。あれはジャパンオリジナル




ベルリン中央を流れるシュプレー川には五つの博物館・美術館が集合した博物館島と呼ばれる中洲島がある。これだけでもじっくり見るなら二日はかかるところ、何せ時間がないものでこれらの見物は全部スルーし、隣接するホーエンツォレルン家ゆかりの大聖堂に入ると、270段の階段を上った先にある物見台からベルリン市街を一望する。博物館島周辺は工事工事工事アンド工事


ブロンズの天使像のあたりが物見台、高さ約110m




駆け足の二日間で唯一入った博物館が川を挟んで大聖堂と向かい合うDDR博物館。その名の通りDDR(ドイツ民主共和国)体制下の東ベルリンの様子を記録展示してあるミニ博物館で、東独時代の一般家庭のリビングとキッチンを再現した部屋などなかなかに興味深い。東独の雇用は完全に男女平等で、育児支援も国を挙げて行っていたそうな。21世紀の日本より余程進んでいる

川岸地下にあるDDR博物館
東ベルリン一般家庭の可愛らしいリビング。TVからは当時のニュース映像が流れている
あら可愛いキッチン
統一後急ピッチで再開発を進めたのであろう、旧東ベルリンでは東独時代を感じさせる建築物は殆ど目にする事はなかった。この後訪れたワルシャワあたりだと未だ共産主義時代の街並みが残っていたりするのだが、有り体に言えば経済大国と貧乏国との差だろう

夜になって訪れたホロコースト記念碑は異様な空間で、だだっ広い丘にコンクリートの巨大な立方体が無数に並べられている。安藤忠雄か。その異様さもさることながら、最も有名な観光名所であるブランデンブルク門から歩いて数分というロケーションにも驚く。最高の見せ場のすぐ隣に最大のタブーの痕跡を置かざるを得ない、それほどに大きな罪なのだという事は数日後に訪れた強制収容所で実感する事となる


ヒトラーが最期を迎えた総統地下壕跡は何の変哲もない駐車場。説明パネルがなければやり過ごしてしまう


7.10.2014

sustainability

家とは何かを考えさせられる話題。

安藤忠雄の建物を好きか嫌いかで言えば好きだ。街並みの秩序を無視し、周囲との調和などはなから放棄し、利用者の動線や住みやすさなど一切考慮していないかのような傍若無人なコンクリートの箱。それと引き換えに得られるクリーンな佇まいとマスとしての美しさ。強烈な個性。建築士というより建築家、アーキテクトというよりはアーティスト。安藤の建物は妥協のないアーティストの作品としては好ましく思う。

だが、その作る家に住みたいかというと話は別。
通りすがりの鑑賞者ではなく土着する住人として家に求めるものは何よりサステイナビリティ、自らの手でしっかり管理維持していける実用性であり、外連見に溢れた非日常的な美しさではなく家としての基本性能を満たした上での機能美。カッコいいねーでもどうやって窓拭きすればいいのとか打ちっぱなしはまめにコーティングしなけりゃいけないから手がかかって大変とか冷暖房費で家計傾くんじゃないのとか、そんな事がまず気になってしまう自分は彼の家に住むには軟弱すぎるのだ。

6.29.2014

最小の子供部屋

(注)無断転載

かつてマニ夫人が看破したように、子供は遠からず独り立ちするもの。子供部屋として細かく仕切った間取りは、子供がいなくなればただの使いづらい間取りに変わってしまう。家の寿命は子供が出て行ってからの方がずっと長い※1のだから、子供を第一に考えた家作りというのも何だか勿体無いような気がする。
そして子供が自分の部屋を欲しがるのは、広さが欲しいからではない。成長して自意識が発達した彼らは自分のプライバシーが欲しいのだ。特に男子は(理由は胸に手を当てて考えるなり旦那に聞いてみるなりするとよろしいね)

そう考えれば、見た目はジョークグッズのようでもこれは「小さな家の期間限定の子供部屋」として有効ではないか。
思春期から家を出て行くまでの数年間は子供にこの部屋を与え、子供が巣立って不要になったら解体する。リフォームより遥かに手軽で安上がり。
子供にとってはプライバシーは確保され勉強には集中できるが窮屈な空間には違いなく、パラサイトなんとかとは無縁な独立心旺盛な子に育つだろうし、まして引き篭もりになどなりようもない。
これはなかなか悪くないね

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※1 会計上は木造住宅の価値は22年でゼロになるが、欠陥住宅でもない限り20年程度で住めなくなる家なんか今時存在しない。手入れしながら使えばその倍は軽く持つ。ていうか持ってくれなければ困る


6.28.2014

マニハウス見学会大遅刻の裏事情

マニハウス再訪から遡ること十時間。東京湾上を西へ



夏場に弱い車が二台、気温が十分に下がった土曜の深夜に出立して、オフシーズン前の最後のドライブへ※1。

特に目的地があるわけではないがとりあえずアクアラインを渡って、24時間スパで風呂でも入って仮眠して早朝に帰ってこよかーと見当をつける。
アクアライン終点の木更津から最寄の24時間スパを探し、グーグル先生に教えられるがままに
安房郡は鋸南町、黒々とした夜の漁港を眼前に望む「ばんやの湯」に到着。
到着。

到着。


節子これスパやない。ザ・銭湯や


24時間営業の看板に偽りはないものの、昭和の香り漂う銭湯にスパのような休憩施設などあるわけもなく、休憩場所といえば番台の横に一台きりのベンチのみ。まさかここで横になるわけにもいかず、仕方ないので風呂から上がったら即お開きで、あとは各自西へ向かってとんぼ帰り※2。
しらじらと夜が明けはじめたアクアラインを渡って自宅に帰りつく頃には完全に朝。朝日の中で見る車の汚れが何だかすごく気になって洗車を始めてしまい、車内清掃まで含めたフルコース洗車が終わる頃にはモーニングサービスの時間も終わっている。
半ば朦朧としながらベッドに倒れこみ、目が醒めたらマニハウス見学会開始の時間はとうに過ぎていて…


以上!現場からでした!(逆切れ)


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※1 車好き同士のドライブは各自が自車のハンドルを握るのが通例。二人なら二台、三人なら三台、五人なら五台。ツーリングみたいなもんですな
※2 後で聞いたところによると、この「ばんやの湯」併設の食堂で食べられる朝ごはんがとても美味しいとの事。惜しい事をした

6.22.2014

三たびマニハウス

日曜に催されたS氏発案のマニハウス見学会、「良かったら来て下さい」というお言葉に甘えて久々のマニハウス訪問。基本野次馬なもんで


築三年を経過したマニハウスの見学会は盛況で、遅参した自分が到着した時点で二組六名が見学中。その後さらに二組三名が加わって、S氏と家主のマニ一家を合わせて十五名もの人が小さな家に集まった(うち子供四名)。
思った通りというか当然というか、見学の方の多くはマニ一家と同じく小さな子供がいるご夫婦という家族構成。家の購入を考える方の大多数を占めるこういった層にはやはりにこの家は刺さるようで、家主マニさんによればTVから取材の申し込みもあったとの事。なんということでしょう!いやそれじゃない

子供達がすぐに打ち解けて一階できゃあきゃあ騒いで遊びまわる間に大人は二階のリビングに集まり、興味津々でマニご夫妻の話を伺う。

「これ片付けましょうか」「そうしましょうか」
はいはいどんどんしまっちゃおうねガッシャガッシャ(しまっちゃうおじさん好きだった)

小さな家でも一家四人の暮らしがちゃんと成立している事に加え、モノ少なくシンプルに生活されている事には皆こぞって感銘を受けた様子(自分も含め)。ご夫婦の持ち物全てが一軒の収納に納まってしまうのはすごい。そして何よりすごいのがそのようなライフスタイルをごく自然に身につけていて悲壮感を微塵も漂わせていないところ。
「子供達が大きくなって自分の部屋とか欲しくなったらどうするんですか」
という問いに対し、
「いやあそうしたら下の部屋と…今使ってる上のロフトも明け渡す事になるかなあ。いや私はどこでも寝られるから。ここなんかでもこう」
とご主人のマニ氏がロングベンチの下に寝そべって実演してみせたのはリアクションに困ったが、大人達のこの我執のなさがマニハウスの生活を成立させている。わしのスペースは絶対に譲れんという我の強い父親であったらそうはいかないだろう。

家は人なり、を表すのが使い込まれた杉の床。内側からにじみ出た艶がいい感じで(我が家の床にはない独特の艶)、ボコボコでも少しも嫌な感じがない。走り回る子供が目の前でばったり転んで、瞬間「あっ泣かれる」と思ったものの何事もなかったかのように起き上がってまた走り出したのは柔らかい杉板の面目躍如。やっぱりこの家の床は杉だね

灰色に色褪せてくるともっといい感じになると思う





6.08.2014

結局のところ土地の私有化は認められていないのかもしれない

こいつのせいで今月も大赤字
と、今年も届いた固定資産税納付通知書を見つめながら思う。
毎年少なからざる税金を収めなければ所有が認められない、それって果たして私有物と言えるのかと。リースと同じではないのかと。
実際、こうして比べてみると借地も所有地もその内容には殆ど変わりがない。

毎月の地代を地主に納めて土地を使用する借地。
借地権は売買出来るし担保にも出来る。相続も出来る。
しかし地代が払えなくなれば地主に取り上げられる。
地代はかかるが固定資産税はかからない。
買うのも売るのも安い。

毎年の固定資産税を市区町村に納めて土地を使用する所有地。
所有権は売買出来るし担保にも出来る。相続も出来る。
しかし税金が払えなくなれば市区町村に取り上げられる。
固定資産税はかかるが地代はかからない。
買うのも売るのも高い。

唯一の違いが借地は返還期限が決まっているという事。しかし旧法借地権が適用されている借地においてはその期限はないも同然で、本当に税金を払うか地代を払うかの違いでしかない。
要するに、所有地もその実は「市区町村(ひいては国)という地主に固定資産税という名の地代を毎年払って使用する借地」であるのに過ぎない。
逆に考えれば、特に自分のような相続すべき者もいない身が永住目的で取得するにあたっては借地のデメリットは殆どない。寧ろ安くつく分いい事だらけ※1。
土地を検索する時当たり前のように絞り込み条件「所有権」にチェックを入れていたものだが、それを外していれば…今頃違った場所で違った生活を送っていたかもしれない。


それはそうとこれ、コンビニで払い込めるのは便利でいいんだけど、もう少し納税手段を柔軟に考えてくれないかな。楽天ポイントやTポイントを使えるようにするとか、ていうか夫役を復活させて選択可能としてくれれば、横断歩道で黄色い旗振るおじさんを毎朝一時間やれば時給換算して軽減してくれるとかすればそっちを選ぶんだけど。割とマジで

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※1 そういった花より団子派というか名より実を取る消費者に向けた都心部の借地権つき新築マンションも、最近はちらほらと出てきている。港区の新築マンションなんか普通のサラリーマンにはまず手が届かないが、借地権付きなら十分選択肢に入るという。しかし世帯平均年収が一千万円を超えてる港区って何なんだ一体

6.05.2014

中古オープンハウスをやる意味

猛暑の日曜日の昼下がりにS氏とsatosatoのTさんご一家を迎えた我が家。準備不足で大したおもてなしも出来ず恐縮しきりだが、それも気にせず寛いでいただいた(かな?)のに救われる。
袖触れ合うも何かの縁とは言いつつ、袖触れ合うだけで分かる嫌な奴ってのも世の中には結構いる。しかしこれまでお会いしたS氏の施主はみな飾らない人柄のいい人ばかりで、Tさんご一家もその例に漏れず気さくで気持ちのいい方々であった。どこから探してくるのだろうと思えるほどいい人ばかり顧客になるというのもこれは地味にすごい事で、これはS氏自慢していいかもしれない。まあ例外がここにいるけど。

陽が西に傾く頃にTさんご一家が辞去されると、残ったS氏と新しいビールを次々と開けて煮詰まったおやじ二人の煮え煮えトークがぐだぐだと続く。

「いやー応募がゼロとは思ってなかったなあ結構ブログ見られてるし誰か応募してくれるものとばっかりいや何が良くなかったのかなあ僕は普通だと思ってたけど一般的には普通じゃなかったのかなあこの家にえにえにえにえにえ」
「そうですねちょっとこの家はアブノーマルかもしれないでも安心してよくってよ世の中に結構変態っているからにえにえにえにえ」
「押し付けられた家を当たり前と思わずにもっと自由に考えようって散々言っていた筈なのに結局それが押し付けになっていたのかもしれない気がしてにえにえにえにえにえ」
「いや家を作る立場なんですからこうあるべきって自分の考えを押し出して共感する人がお客になるわけなんでそれが悪いとは思わないって言うか寧ろ主張すべきじゃないですかにえにえにえにえところでどうですかLWHのプラン販売の方は」
「いやそれがねえーーにえにえにえにえにえ」

考えてみれば、ピカピカの新築状態であればともかく、生活を始めて数年経つ家を見せて施主に会わせて話を聞かせようというのは、作り手としても結構リスクの高い話。
住んで何年か経てば家は汚れ、傷つき、痛み、不具合の一つ二つ出ていてもおかしくない。
要するに見栄えは劣る。
また完成時はすっかり気分が揚がってアリガトーアリガトーハラショーダンケシェーン連呼状態だった施主も何年か生活する内にすっかり落ち着いて、今や中古となった家について冷静に不満の一つ二つ三つ四つくらい抱えていても何ら不思議はない。下手をすれば逆宣伝になりかねない。
長く生活を送る場として家を考えれば確かに新築オープンハウスより中古オープンハウスの方がよりリアルに参考になるには違いないだろうが、商売の事を考えればやらない方が無難。染み一つない新築ピカピカの家とハッピー全開の施主だけを見せた方がいいに決まっている。
しかしS氏が敢えてそれをやった意味。

過去の作例を見て決めるのもいいが、見学したその家は結局自分の家ではない。畢竟、家を作るのは人につきる、であれば本当に見るべきはその人となり。ビジネスとして決して上策ではないリスクを承知で「中古となった家を見て住人に会って直に話を聞いて下さい」と声を上げる意気、そして反響が芳しくない事に真剣に悩む愚直さ。これらに思うところがあれば、思うままに行動に移してみても多分後悔はしないと思う。少なくとも自分は選択を間違えたとは思っていない。アブノーマルなお前の意見など参考になるかと言う御仁は次回開催マニハウスに足を運び、こちらはぐっとノーマルな(そして施主としてのメインストリームをいく)明るい四人家族の暮らしを見て聞いて判断すればいいんじゃないかと。

5.30.2014

家具の減築

電子化したり捨てたりして四段の本棚の一段分の本を整理した結果、最上段ががら空きに。
そうなったらなったで、ぽっかり空いた無駄な空間が気になってくる。もう少し小さな本棚で十分だよねと。
自分がお金持ちなら、誂えたところに
「いやー本を整理したんでね、またこれに合うサイズのを製作してくれたまえよフォッフォッフォッ」
などとブランデーグラス片手に余裕こいてオーダーするところだが、生憎そんな財力は持ち合わせていない。それに勿体無い。
しかし(今となっては)無駄に大きい棚で貴重な空間スペースをとられるのも、ダンシャラーとしては捨て置くわけにはいかない。
ではどうするか。
一段カットするしかないでしょう。

遠い波蘭の地を彷徨しながらそんな事を思いつくと、帰国した次の週末に早速実行に移す。
ディスクブレード買ってきて~
軍手嵌めてマスクして~
コンセント繋いでスイッチオン~


ドギューーーーーーーーーーーーーン
ギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッ
ヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュイーーーーーーーーーーン


荒木飛呂彦風の轟音とともに猛烈に飛び散る火花に鉄粉、こりゃもう鉄工所だ鉄工所。
通報されかねない勢いだが、タイルをカットしたり床板を切ったりこれまでにも色々やっているので恐らくご近所にも免疫が出来ていて
「あいつまた何かやってらー」
くらいに見られてたのではないかと思う。

何とかカットを終えて断面を磨いて、鉄粉塗料を塗布したプラキャップを嵌めて無事終了。
「家具の高さを抑えると部屋が広く見える」という通説を身をもって実感。
もう一段カットして二段本棚に出来ればなおよし…いやそれは無理かな


窓枠に迫る元の高さに比べると

随分低くなった

切り離された四段目は捨てるのも勿体無いので実家に搬送、飾り台として第二の人生物生を

5.28.2014

6,000km突破そして残すはサドルのみ

テスタロッサ(赤い頭)と命名した我が通勤快速号の走行距離は、搭乗511回目の本日をもって6,000kmを突破。購入から2年と7ヶ月を要したが、まあ99%が通勤限定の用途であればこれくらいかかるのも仕方ない。
このままのペースでいけば、再来年の1月には走行1万kmを突破する見込み。それまでに通勤環境に変わりがなければの話だが。

なお軽量化は更に進み、スプロケット換装で-65g、ハンドルステム換装でー34g、ハンドルバー換装で-190gを追加してオリジナル比992g減、ほぼ1kgの軽量化を達成。どうでもいいっちゃあどうでもいい話だが、ただでさえ走る為に必要なパーツ以外は全て削ぎ落とされているロードバイクを更に1kg軽量化するのはそれなりに大変。コストもかかる。むしろ乗ってる本人がダイエットした方が遥かに話が早い。簡単で効果は絶大、コストがかかるどころか逆に食費が浮いて財布にも優しい。いい事づくめ。
しかし本人は軽量化するどころか逆に増量してしまっている始末で、軽量化の成果は全て帳消し。違うんだ太ったんじゃなくて筋量が増えたんだきっとそうなんだそうに違いない

上記三点の換装追加により、購入時オリジナルのままのパーツは本当にサドルのみとなってしまった※1。一般的に自転車をいじる場合はまずサドル交換から入るのが常なので、逆にサドルだけがオリジナルのままというのは珍しい。これを換えればあと100g程度は簡単に落とせるのは分かっているが、アンカーのサドルは出来がよく自分の尻にも合っているのでなかなか換える気にならないんだなあ。

シートポストに続きトムソンのX2ステムにカーボンハンドルバー。相変わらずの精緻な仕上がりにしびれる

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※1 もちろんフレームもオリジナルのままだが、フレームを換えたらそれはもう別の自転車になってしまうのでここでは含めない。