ラベル Motor Life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Motor Life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

7.17.2017

日帰りフランスロールの巻

基本的に夏場は一切車に乗らないのだが、それでも機械ものであれば調子を維持するために毎夏一回は運転するようにしている。
今月の三連休を利用して大汗をかきながらメンテナンスドライブに繰り出した先は福島市のロマンドーロール本店。21世紀初めに一世を風靡したテレビ番組「マネーの虎」でオリジナルクレープである「フランスロール」で見事にマネー獲得、そしてマネー獲得者の中でも更に希少な大成功を収めたもののその後慢心からくる放蕩、逮捕、会社からの追放と絵に描いたような転落劇。そして今また社長として復活し、事業規模は大幅に縮小したものの東北を中心に地道に事業を継続しているロマンドーロールその本店が今回の目的地。
人間は限界を経験で測るもの、往復で600㎞の行程もかつて一日でむつ市まで走破した身にはそれほど大した距離ではない。問題となる熱気は二年前と同じく、スプレーボトルで身体をびちょびちょに水で濡らし扇風機で風を当てて気化熱を奪うセルフエアコン方式で凌ぎながら一路福島へ、とても車に乗ってきたとは思えないドロドロの姿で到着。



本日は社長ワンオペ体制のようで、店に入るやいきなり社長が接客に出てきて笑う。
店内はクレープ屋らしからぬ洒落た雰囲気ではあるが、深々と腰かけるソファは少々食べづらい姿勢かな




お目当てはもちろんフレデリック千葉が認めたというフランスロール。マネーの虎のこの回、そしてHPで述べているこだわりを見るに、甘いもの好きの身なら否が応にも期待が盛り上がる。
ROMANDÔ ROLLのフランスロールは、普通のクレープとは一線を画した商品です。生地、生クリーム、チョコレート、果物、トッピング、製法、すべてにこだわった、ケーキにも負けない商品です。



で食した感想は…普通に美味しい。
が、やっぱりクレープは焼きたてが一番美味しいかな。
注文を受けてから焼くのかと思ったらさにあらず、ショーケースから取り出してそのまま供したのは些か興ざめ。確かにケーキやタルトといったスイーツは注文を受けてから焼くわけではないし、ケーキにも負けないと自負する一品であればケーキのように供するのもありなのかもしれないが…やっぱり出来立てのフランスロールが食べたかったなと。
片道300㎞の往路はすいすい3時間15分、帰りは断続80㎞の渋滞にドはまりして5時間半。行きはよいよい帰りは怖い


10.06.2016

外れ続ける天気予報と廃車の足音

いやーへっぽこ天気予報にまたしてもやられた今晩のワークアウト。
降水確率20%をあてにして出発してまもなく降り始めた横殴りの雨は最後まで続き、パンツまでずぶ濡れになって帰宅して再度天気予報を確認しても変わらず「20%」のままなのには呆れるばかり。20%の地域で雨、というレトリックも行動範囲からして全く当てはまっていない。
最近あらゆる分野で日本の劣化が取り沙汰されているが、天気予報の確度の低下もそれに含まれるのではないか。先月は降雨がなかった日は僅かに2、3日しかなかったのだが、天気予報では10%だの20%だの外れ予報を連発。先月に限って言えば自分の勘の方がよっぽど当てになったほど。雨中のロードバイクほど危険な乗り物もない訳で、天気の読みも含め自分の身は自分で守らなくては。

ブレーキから異音がして修理が必要となっている四輪の方はと言えば、ショップで確認したところパーツ在庫なし、ブレーキをワンオフで製作することになりこれまた目玉が飛び出るほどの費用が必要となった。お蔭さまで家づくりはしばらく中断を余儀なくされる。
二輪も四輪もどれくらいの走行で寿命になるかという話題がしばしば起こるが、実際のところボディやフレームがガタガタになって実用に堪えなくなるという事はほぼなく、機械ものは消耗したパーツをきちんと交換していけば半永久的に持つといって過言ではない。実際、走行100万kmを越えてなお現役なタクシーや長距離トラックなんかザラにある。それよりもパーツ供給が途絶えて修理不能になり廃車を余儀なくされるケースが殆どで、すなわちパーツ供給が途絶えたときが乗り物の寿命といっていい。

その意味では、今月で納車から満17年を迎える自分の車も相当に厳しい状況にある。
極めて重要な保安部品であるブレーキのパーツがなく修理不能ということは本来はもうこの時点で廃車が確定している筈。実際のところ大抵の部品はメーカー純正品がなくてもワンオフ製作すれば何とかなるのだが、費用対効果として適切かといえば話は別。パテックフィリップが自社製品であればどんなに古くても必ず修理できると公言しているのは有名だが、彼らは足りないパーツをその場で作って間に合わせてしまうから決して誇張表現ではない。ただし下手をしたら本体代を上回るほどのパーツ製作費用がオーナーに請求される。なので前述の大見得は「金に糸目をつけぬなら」という但し書きがつく。
自動車も同じで、金に糸目をつけないならどんな修理だって出来る。あとはそれだけの金をかける価値があるか否かという判断の問題。今回の修理は何とか負担できる範囲に留まっているが、今後同様の事態が立て続けにおこるのであればいよいよ本格的に「乗り続けるか、止めるか」を検討する必要が生じるかもしれない。あまり考えたくはないものだが…やはりボーナスが出たら大型二輪免許を取りに行っといた方がよさそうだ。将来の万一の事態に備えて。

7.21.2016

折り返し地点でセンスについて考える

気まぐれに始めた週間100kmライドだが、始めてみると途切れさせるのは惜しくなるもので、せめて今月ひと月くらいは貫徹しようと決める。
週間100㎞、月間400㎞。7月の三分の二を経過して未だペースをキープ。天気予報によれば今週の木金は終日雨なので水曜日のライドでは40kmまで距離を稼ぐ。所要時間はおよそ二時間、丁度そのあたりでパッドのない薄手のパンツに包まれた尻は細く堅いロードバイクのサドルに堪えかねて悲鳴を上げ始める。
パッド入りのビブショーツを履けば尻の痛みから解放されるのは分かってはいるが、競技志向ではないのであのもっこりパンツにはどうも抵抗がある。なので履かない。すると体力の問題以上に尻の問題で一回のライドの限界はほぼ40㎞。

往復40㎞の道程の折り返し地点はリトモ・セレーノが目印。



R80などの旧いBMWをセンス良くカスタムして仕立て直すスタイルはこの店が先駆け。代表は数年前より八ヶ岳の麓に移住してまた別の店を立ち上げているが、作るバイクも車もパーツもセンスの塊。移り住んだ八ヶ岳の家もこつこつとセルフビルドで内装を仕上げているのだがこれも良いセンス。ついでにウェブサイトもグッドセンス。まず商売のセンス※1からして素晴らしい。
金持ちもリア充もイケメンも特段羨ましくは思わないが、偶に出現するこういうセンスに溢れた人は素直に羨ましく思う。自分のような凡夫はセンスなどあてにせず精進あるのみ。

今時のクルマはATばかりで面白くないし持っているだけで馬鹿みたいに金がかかるしで、今乗っているのを維持できなくなったらもうクルマからは足を洗おうかと思っている今日この頃。その日が来たらあそこでRnineTでも作ってもらおうかと考えたり考えなかったり(その前に免許取らなきゃ)。


____________
※1 BMWに関しては長年にわたりなぜかノーマル至上主義が蔓延っており、カスタムしようとする人は誰もいなかったのだとか。代表談

7.06.2016

小さい車は面白い。小さくて速い車はもっと面白い。

ビートルのRRレイアウト


先日ディスった豪華なリフォーム事例の数々、よくよく見たらこのメーカーは高級さを売りにしたハイエンドメーカーらしいので、これはこれでお金持ち訴求に特化したサイトとして方向性は正しいな。ていうか唸るほど金持ってる施主は古い家に拘らずさくっと新築するんじゃないかな。まあいいや

ドライバーの一挙手一投足にいちいち税金がかけられるこの国で自動車を取り巻く環境は厳しさを増す一方。メーカーが出す車も手堅く売れるミニバンかミニバンもどきみたいな車か、さもなくばオラついた小金持ち向けのデカい速いつまらないという吉野家の特盛みたいな車に二極化された感があって自分自身もクルマにすっかり興味を失って久しいが、最近久々に所有欲をそそる魅力的な小型車発表のニュース。
残念ながらというか当然というか国産メーカーではない新しいトゥインゴのGT。マーチ・ヴィッツクラスのAセグメントでありながらスマートと共通のプラットフォームでリアエンジンリアドライブ、そしてルノーが自家薬籠中の物としているホットハッチであればつまらない筈はない。
小型車はもちろん最近は中型車までスペース効率に優れたフロントエンジンフロントドライブが当たり前となりつつあるこのご時世、オリジナルはRRだったビートルもチンクエチェントも当然のごとくFFを採用して復刻されたこのご時世で、「RRの小型車」それ自体が奇跡的な存在。数寄心が大いにそそられるのも当然。※1
うーん乗ってみたい…試乗に行こうかな。買えないけど


___________________
※1 FF・FR・MR・RRそれぞれのレイアウトの特長と欠点、なんでリアエンジンやリアドライブのクルマに惹かれるのかはおっさん世代であればいわずもがなの話なのでここでわざわざ述べないが、これも今時の若者は知らないし興味もない事なんだろうなあ。ちなみに五番目の駆動レイアウトとしてRF(リアエンジンフロントドライブ)というのがあるが履帯付きの車以外にはまず採用されないレイアウトなのでミリオタ以外は知らなくてよろしい。

6.09.2016

近所で見かけた珍名車アルバム(2)アルファSZ(ES30)

またしても深夜のラーメン屋前で見かけた珍名車。
今度はアルファSZ。



90年代以降のアルファロメオはプラットフォームをフィアットと共通化し、新モデル155(チェントチンクアンタチンクエ)もティーポのシャーシを用いて生産された。エンジンもアルファ伝統のアルミブロックからフィアットの鋳鉄ブロックに、駆動方式は当然FFで、口さがないファンは155など本物のアルファじゃないなんて非難したものだが、さらに何年か経つとGM(オペル)のエンジンになってしまうのだから腰上部分がアルファ製であった155の直4エンジンははまだマシというもの。結論から言えば。

このSZ(エッセゼータ)は155の先代にあたり最後の純血アルファと呼ばれたスポーツセダン75(セッタンタチンクエ)のシャーシにツァガートがFRPボディを架装して1990年頃に1000台程度だけ限定生産されたモデルで、縦置きされたアルファ純正のアルミブロック3リットルV6エンジンは210馬力を発生。今となっては3リットル210馬力なんて寧ろ控えめともいえる数値でこの車も見かけほど速いわけではないが、アルファのV6をドライブすると馬力なんて大した問題ではないという事が身に沁みてわかる。かつて自ら所有したアルファGTVは鋳鉄ブロックV6を横置きで搭載していたのだが、気持ちよさにおいて未だにあれに匹敵するエンジンにはお目にかかったことがない(出来るものなら今の車にエンジンだけ移植したいくらい)。
このSZをドライブした経験はないが、アルファ純正のV6であればさらに気持ちのいいエンジンであろうことは想像に難くない。アルファV6搭載車はエンジンがその価値の全て、こればっかりは体験してみない事には分かるまい。




「イル・モストロ(ザ・モンスター)」とあだ名されたツァガートのボディは21世紀の今日においても一度見たら忘れない強烈なインパクトで、造形的にも通常のスポーツカーのセオリーと逆なAピラーの立ち上がり※1など興味深い。FRPボディのチリはよく見ればあちこちで合っていなかったりしていかにもイタ車クォリティなところが玉に瑕※2だが、この塊感の前では細けえ事ぁいいんだよと言いたくなる。さすが名門カロッツェリアのツァガートだなあ…というのはありがちな誤解で、この異形のボディをデザインしたのは実はツァガートではなくフィアットのデザインセンター。もっとコンサバにデザインしたツァガートはコンペに敗れ、その結果製作のみ請け負う事になったのだ。

_______________________________
※1 背を低く見せるために通常はAピラーの立ち上がりは角度が小さく、ルーフに向かい徐々に大きくなってくるのがセオリー。しかしこの車は逆に立ち上がり部分で最も角度が大きく、徐々に寝ながらルーフに至る。

※2 かつて目黒に存在したイタフラ車ショップ「グースネック」のセールス氏が「あんなもんプラモデルみたいなもんですよ」と酷評していたのが記憶に残っている



6.04.2016

近所で見かけた珍名車アルバム(1)アルピーヌA610

家の近所の通りのラーメン屋前で見かけた往年の名車。あな珍しや


この個体のボディカラーはスカラベ。渋い

ラリーで活躍したA110、葛城ミサトの愛車として知られているA310、その後継のV6ターボを経た最終形で(今のところ)アルピーヌとして生産された最後の市販車となったのがこのA610(ア・スィソンディス)※1。
パッと見では目立たないがよく見ると流れるような流麗なフォルムが魅力的なスポーツカー、ていうかGTカー。

リアのグラスハッチからエンジンが見える意匠は時代を20年先取りしていた

V6ターボの2.5Lから拡大された3LV6ターボをリアに積み、駆動方式はRR。リアのグラスハッチの下には巨大なV6エンジンが鎮座しており、優雅に長いリアオーバーハングは伊達ではない。
定員4名でRRのGTカーであることが共通しており、また定価(たしか当時のJAXの値付けが950万円くらい)も同程度であったポルシェ911(964)は1990年の発売当時はこの車のライバルと目されていた…もっともそのつもりで買った人はいないだろう。多分。
V6ターボの頃から弱点であった排熱の問題はこのA610に至っても解決はしておらず、オーナーは随分対策に苦労したと聞く。内装がまたアバンギャルドでカッコよくて…

…と諳んじたスペックがつらつら出てくるのは何故かといえば、かつてこの車を(本気で)欲しくて調べ倒していたから。もう20年ほども前の話だが、その当時でも既に中古市場に出回る個体は殆どなく、結局購入には至らず。
20年前で既にタマがなかった位だから今となってはもはや見かける事も稀。イタフラ車が故障の代名詞だった時代に生産された20年落ちのフランス産スポーツカーをラーメン屋への足としてさりげなく使いこなす裏にはオーナーの並々ならぬ努力が必要であろうことは想像に難くない。パーツなんか当然のように悉く欠品だろうに。
いや思いがけないところでいいものを見せて貰った。眼福眼福

__________________________________
※1 なおこのA610生産終了後に同じアルピーヌファクトリーでちょっとだけ生産されたのが自分が今乗っている車、つまりA610の妹にあたる(車は女性名詞)。なおその後は完全に打ち止めの模様


6.03.2016

順番の整理をしておこう

給与所得者の唯一いいところは(ある程度)安定継続収入を見込めるところで、突然収入が途絶える恐れも(あまり)ない代わりに突然増加する可能性もほぼない。つまり家づくりに充てられる予算も毎年ほぼ枠が決まっており、したがって今後も毎月の収入から借金を返して生活費を捻出して、余ったお金を大切に貯めて計画的に事を進める必要がある。
よーく考えなくてもお金は大事だよーという訳で今後にかけるコストの優先順位を整理しておこう。書けば書くほどアタマ痛い。


1位 テーブル天板

DKで使用中のコントラクトテーブルの脚につける(取り替える)ために発注中の天板は完成し次第コストが発生する事が確定している。
無事出来上がって組みつけた暁には恐らくは日本で唯一のテーブルが出来上がるだろうが、その代償として負担するコストも「板切れ1枚でしょう?」なんていうレベルではないわけで…2016年の残り予算はこれで終了。
あ、ついでに一木造のお盆も注文していたっけか。もう完全にスッカラカンですな


2位 車の修理と車検

持っているだけで罰金を食らうほど古い車であればいろいろな不具合も絶えず見つかるわけで、今度はブレーキの引きずりが判明。騙し騙し乗っているのも限界で、場所が場所だけにこれ以上修理を先延ばしにする訳にもいかない。
ブレーキ引きずりなんて通常であれば固着しているパーツを取り替えるだけでそれほど高価な修理ではないのだが、ほぼ旧車と言っていい自分の車のブレーキパーツは既に絶えて久しく、であればスーパーカーにつけられているブレンボあたりにブレーキを全交換するほかはない。駅前の1000円カットに散髪しに行ったらいつものおっさん理容師がいなくて代わりになぜかヴィダルサスーンに切って貰うことになっちゃったみたいな、そんなもんお父さんがポケットに捻じ込んだ1000円札何枚かで足りるわけがないでしょいい加減にしなさいみたいな。
そうこうしているうちに車検がやってきて、どうせ車検でもあれやこれやでまた修理代だのなんだの余計な金がかかる訳で、その辺合計すれば我が家の日本一高価なウッドデッキをもう一回作る位のコストがかかるのは必定。これをもって2017年予算は一発で吹っ飛び、ていうか2018年予算まで食っちゃうなこれは。


3位 一部の照明と水栓、家具の誂え

気になる照明に気になる水栓、ウェイティングリストに載って既に3年が経過(途中でウッドデッキが横入り)しているこの辺のアイテムをこの辺で片づけておかないとこの手のパーツはすぐディスコンになるのでさすがにヤバいね。現在使用中の合板のキャビネットを我が家の余った床材とスチールで作り直す構想も誂えて貰う用の図面が一向に進まないまま4年を経過、いい加減これもケリをつけないと。これで2019年予算は終了。


4位 一部のタイル貼り追加

それでもって漸くこれ。順当にいっても東京五輪に間に合うかどうかといったところ(なんですよSさん)。途中で居候が増えたりしたら完全に五輪後になるだろうな。



お金をかけなければ楽しめないかといえばそんなこともなくて、時間だけはたっぷりあるのであればあれやこれや構想を練るのもまた楽しい。
上のリストも予定通り順番に遂行できるか、それとも中途でまた優先順位の高いアイテムが横入りしてきていつまでたっても手を付けられないか、それともなぜか予定より早くやる事になるのか。どう転んでもそれはそれで楽しめるのでよし。



2.25.2016

冬のグランドツーリング

徳大寺有恒の持ち味はエッセイにあり。これも面白い

波蘭の旅から二年、今年の冬もまた休暇を取得して旅に出たかったのだが諸々の事情で冬休み取得は叶わず。まあ環境が変わったばかりでいきなり長期休暇を取得するのも、今後の自分の立場への影響を考えれば控えておいた方が無難というもの。
嫌だねえサラリーマン根性。

とはいえただ唯々諾々と仕事に勤しむばかりじゃ面白くない。幸い今月は会社制度として定められているバースデイ休暇を取得できる月。たった一日だが、これを週末と組み合わせて三連休としどこかに出かけよう。

昨夏のグランドツーリングは実に面白かった。そして都内からむつ市までの770㎞をワンストップで走破した事で自信もついた。誰が見ても長距離ドライブに使えなさそうな車であっても、素性※1さえ良ければ何ら問題なくGTカーとして使えるのだ。
冬の寒さも、摂氏35度超えの中を五日間で2,000km近く走った自分にとっては恐るるに足らず。寒さは暑さより遥かに凌ぎ易いのであれば尚更。

という事で行くぜ冬のグラツー。
行先として真っ先に浮かんだのは昨夏のグラツーで断念を余儀なくされた米沢だが、山深い米沢の二月はまだ完全に雪に覆われているのでさすがに無理。いかに気合を入れても物理法則には逆らえない。
米沢はまた別の機会に譲ることとして、今回は雪のない太平洋側で国宝歴訪のグランドツーリング三日間の旅に決定。いやー楽しみ


___________
※1 素性=カタログスペックにあらず。趣味としてのドライブがすっかり廃れてしまったのは巷間に素性がよろしくない車が増えてしまったからではなかろうか。これについてはまた日を改めて

9.23.2015

東北GT(6)米沢未着で完

次の目的地の上杉神社と上杉家廟所がある米沢へは遠野から約270km。高速道を乗り継いで約4時間の道程だが、東京からむつまでを一日で走破した身には最早どうという事のない距離。一気に走り抜いて…走り抜く筈が思わぬところで頓挫。
東北道を走る事二時間余り、仙台を過ぎた辺りで走行車線の数台を追い越し車線から一気に抜いた瞬間に排気音が劇的に変化、
ボボボボボボバリバリバリバリバリバリバリバリ
と思いもかけずバリバリ伝説。慌てて最寄のPAに飛び込んでボンネットを開くと、あーあ。


熱と振動に耐え切れなくなったのだろう、エンジンから40cm程のところで四本の排気管を後続に繋ぎ止めているスプリングが全て弾け飛び、四本とも見事に外れて直管仕様。
こうなっても当面走る事そのものには差し支えないのだが、何せ直管なものでそりゃあもううるさいわ臭いわ、サーキットか暴走族の集会でしか聞けないような爆音で乗り込んで米沢の町をお騒がせするのは本意ではないので、この時点で東北グランドツーリング終了を決断。

耳をつんざく反社会的な爆音を響かせながら帰路に着く姿も普段自分が蔑みの目で見ている中年暴走族そのもので恥ずかしいやら情けないやら、出来るものなら半紙に

「無罪 故障」

と墨痕も鮮やかにしたためて車体の前後左右に貼り付けたい。人は悲しみが多いほど人には優しく出来るとどこかのロン毛のおっさんが歌っていたが、ということは彼の人生にはあまり悲しみはなかったのであろうが、まあそれは置いておいて、これに懲りて今後街で爆音を響かせている車を見ても「けっ」と言う前に「ああ、あれはもしかして故障なのかも…」という目で見るようにしようと思えたのが今回の過酷な旅路の収穫。何だろうなこの結論は

9.18.2015

東北GT(5)遠野2



バケツをひっくり返したような大雨に見舞われたのは呼ばれ石の祟りか、翌朝になっても雨の勢いは衰えず。
この日の宿の駐車場が屋根つきであったのは全くの偶然だが思わぬ僥倖。後付のハードトップは上から横から容易に雨が浸入するので、青空駐車であったなら一晩で水没してしまうところだった。

早朝に宿を引き払うと、大雨の中を残りの見どころを廻る。

雨の卯子酉様


どうやらここが天神様の森の入口

今でも年に一度子供達が奉納に来るらしいが怖いだろこの細道

細道を抜けると鳥居、その奥に小ぢんまりとした天神様の祠

思い切りガスってる遠野の里

古参道の鳥居


土砂降りで川のようになっている道をざぶざぶと水しぶきを上げながら走り回り、一通り見て廻ると昼前には遠野を出立。一路南下し米沢へ向かう。

9.13.2015

東北GT(4)遠野1

カミ(神ではない)の存在は信じていても妖怪は御伽噺の中だけの存在と決めつける人が多いのはなぜだろう。天狗が山のカミでもあると同時に妖怪でもあるように、また河童が妖怪であると同時に川のカミでもあるように、突き詰めて考えればいずれも超自然的な力を持つ両者の違いはよく分からない。光があれば影が出来るようにこの二つは表裏の存在であり、本来善も悪もない昆虫を人間の都合で益虫だの害虫だの決め付けるように人間の都合で畏れ祀ればカミ、恐れ忌避すれば妖怪となるのに過ぎないのかもしれない。であればやはり、神社に参拝する信心があるのに妖怪の存在を一笑に付すのはおかしいという事になる。
とはいえ、個人的には妖怪はもういないのだろうと思う。誰もその存在を信じなくなったからだ…



ハンドルを握りながら目的地に因んだテーマで取りとめもなく考えを巡らせば、蒸し風呂のような車内でも少しは気分が盛り上がる。
平泉から北東へ180kmばかり走れば遠野。



遠野物語の舞台として知られる遠野市には日本の原風景が残されていると言われているが、とはいえ日本には昔から漁村もあれば都もある。しかし昔の日本は農業国であり今も昔も国土は山だらけであることを思えば山間の農村の原風景≒日本の原風景であるには違いない。







まずは河童が棲んでいたという伝説の残る河童淵へ。
改心した河童が化身したという世にも珍しい河童狛犬はすぐ傍にある





あのー、僕の頭にあるのは皿なんで。賽銭箱じゃないんで。小銭入れるのやめてもらっていいすか


未だ現役で使われている山口の水車小屋。
この小屋の中には決して足を踏み入れてはならない、足を踏み入れた者には必ずや災いが起こると言われている。

言われているというか、言っている。その伝説の発祥は他でもない自分。
どのような災いかといえば、具体的には蜂に刺される。その凶暴さたるや、足を踏み入れた途端に襲われて五秒で三箇所も刺されたのだから恐ろしい。災いのおこる山口の水車小屋、ゆめゆめ忘るべからず

扉が開いたままなのは閉める間もなく転がり出るように逃げ出したから

遠野市は東京23区より広く、しかも見どころはあちらこちらに点在しているので、見て廻るのに車は欠かせない。
看板が出ているわけでもないのでナビも欠かせない。しかし多くはナビに登録されているわけでもないので何となくあたりをつけて移動しては近辺を探し回る作業を繰り返す。
予備知識なく訪れる遠野はただの田舎。
現在まで残る旧跡を、それに纏わる伝説と重ね合わせて見てこそ面白い。



田んぼの真ん中にぽつねんとあるのがフォトジェニックな荒神神社。タイソンもびっくりの耳噛み伝説

老母を背負った男のレリーフが取り付けられた欄干の橋を渡るとデンデラ野。
ここはいわゆる姥捨て山で、六十歳になった年寄りはこの野原に捨てるという風習があったという。捨てられたとはいえすぐ死ぬわけでもないので昼は里に下りて来て農作業を手伝い、報酬として僅かばかりの食物を貰ってはこの野に戻る。デンデラ野に捨てられた年寄りはそうして身を寄せ合いながらひっそりと命が尽きるのを待ったという。また一旦捨てられたら例え姿を見かけても存在しないものとして扱われたというからなかなかにきつい話だが、現代の物差しで当時を測ってはいけないというのが歴史を見る際のお約束。栄養状態のいい現代でこそ六十歳はまだまだ若いといえるが昔日の六十歳は名実ともに立派な年寄り、生産年齢から外れ食い扶持を減らすだけの存在は捨ててしまわなければ共倒れになりかねないというのが貧しい農村の実態でもあったのだろう。

野生動物のように過酷な運命を抗いもせず従容として受け入れた昔の遠野人はすごいと思ったが、昔の日本には現代のような移動の自由はなく生まれ育った村が世界の全て、しかも共同体に属さなくては生きていけない時代※1でもあった訳で、考えてみれば受け入れる他選択の余地はない。現代に生まれて良かった


デンデラ野




車がびゅんびゅん行き交う幹線道路脇にある大きな岩は通称呼ばれ石といい、農作業中に遠くから呼びかける声を真似て声を発したり呼びかけに勝手に返事をしたりという悪戯で村人を悩ませたが、村人に頼まれた猟師が猟銃で一発撃ち込んだら大人しくなったという曰くのある岩。九条教信者が聞いたら目を剥きそうな解決手段がいかす

殆ど歩道もない曲がりくねった山道沿いなので見る際は車に注意

今も残るというその弾痕を探そうと岩に取り付いて見たもののそれらしい痕は見当たらず、そうこうしてる内にバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われたので本日はこれまで。

呼ばれ石に呼ばれたまま一向に帰ってこない主を呆れ顔で待つ車


_______________
※1 機械化されておらず家造りも子育ても作物作りも村人同士で助け合わなければ何一つ遂行できない時代の「村八分」は現代では想像できない程重いペナルティであり、殆ど死刑宣告に近い


9.05.2015

東北GT(3)平泉


秋田から再び太平洋側へ280kmほど走れば平泉。岩手は高速道や新幹線でスルーしたことはあっても足を踏み入れるのはこれが初。

平泉といえば奥州藤原氏三代プラス1の亡骸が安置されている金色堂。
金色堂を擁する中尊寺の開山は850年で祖は慈覚大師…円仁?この人恐山も開山してたよな。今から1000年以上も前にろくに街道も整備されていない奥州を徒歩で廻って、言葉が通じるかも怪しい現地人を教化してあちらこちらで開山をプロデュース。尋常でないバイタリティっていうかほぼ超人の域。その労苦を思えば35度の炎天下をエアコンのない車で走るくらい大した事ではない…嘘です大した事ですすみません



薬師堂

多くのお堂を擁する広大な境内の一番奥に金色堂は位置する。藤原清衡、基衡、秀衡の三代の亡骸と四代目泰衡の首が安置されている金色堂は建坪五坪程度の小ぢんまりとしたお堂だが、床下の柱まで張り込まれた64000枚もの金箔、柱や天井27000箇所に施された螺鈿※1、さらに海外から取り寄せた紫檀やアフリカゾウの(!)象牙だのが各部に惜しみなく使用され、同じ金張りという事でよく同列に挙げられる鹿苑寺金閣に比較してサイズこそ小さいが仕様の凝り様は遥かに上を行く。当時の人々にしてみれば宇宙船が出現したような衝撃であったろう。日本の他に国がある事もあまり分からない時代の人にとってのアフリカゾウの象牙など、今の我々にしてみれば金星の石みたいなもの。想像の枠を超えている。
12世紀にこれだけのものを、しかも日本を統べる将軍でもない一地方領主が作ってしまう。尋常でない財力と海外とのネットワークを持っていたであろう事は想像に難くない。貧富の差どころの騒ぎじゃない。

そんな栄華を誇った藤原氏も四代目がちょっと残念な御方だったため敢無く滅亡、伴って中尊寺も悉く灰燼に帰するわけだが、頼朝の軍勢もさすがに金色堂だけは手をつけなかったお陰でこの国宝第一号も現代まで無事に遺された。幕府軍がパルミラを爆破したイスイス団のようなキチガイ集団じゃなくて良かったねと

現覆堂
鉄筋コンクリートの覆堂(カバードーム)が出来る前に金色堂を風雨から守っていた覆堂は現覆堂の更に奥に移設されて保存されている。鎌倉時代に作られた旧覆堂もまた文化財指定

旧覆堂
旧覆堂内部

中尊寺の境内には白山神社もあり、併設されている現在でも偶に使用されるという茅葺きの能楽殿が見事。そして横で見ていたカップルの、見た目はごく普通の男の方の発言
「能?ってさー。今でも、まだ、あるの?」
に驚愕。




35度の眺め。角度じゃなくて気温。
この辺は33度くらいかなー(しつこい)

___________________________
※1 普通は箱や茶入れなど小物にちんまりと施される細工であって、建築物に使いまくるなんて前代未聞。なんという贅沢

8.17.2015

東北GT(2)入道崎・真山

東京からむつ市までおよそ800kmの距離を一日で走破してしまうと距離に対する感覚が狂ってきて、「400km?そんなに遠くないね」みたいに捉えてしまうのが恐ろしい。
第一目的である恐山参りは早々に達成してしまったので残りのプランは割と適当。弘前城は改修のため閉鎖中なのでスルーして、秋田の入道崎までおよそ500km。
日本海に突き出た入道崎は夏休み前の平日とあって人気もまばら。なんにもないなんにもないまったくなんにもない、と思わず口をついて出るギャートルズ世代。

なんにもないなんにもないまったくなんにもない
北緯40度の岩。まっすぐ左に向かえばマドリード、右に向かえばフィラデルフィア
灯台からみてもなんにもない
灯台の袂ではクローバーが満開、花は白でなくピンク
なんにもないなんにもない車もなんにもない
たまに訪れる人がいても灯台に登ることもなくそそくさと行ってしまうのだが、自分にとっては閑散としているところが却って旅情をそそられて好ましい。東京では味わえない閑散を二時間ほど堪能すると、程近くにある真山へ向かう。まやまでなくてしんざん

なまはげ神社として有名な真山神社。参拝殿の脇から昇る五社殿までの道は細く険しく、もののけ姫の世界のようで雰囲気はとてもいいのだが建築資材をどうやって搬入したのか不思議でならない。



総杉造りでS氏好みの五社殿
 

真山神社入口から歩いて一分のところにあるなまはげ館でなまはげを学ぶ。
なまはげはラーメンズがネタにしたような生のハゲという意味ではなく、なもみを剥ぐ「なもみ剥ぎ」が訛ってなまはげになったという。火に長時間あたっているとできる火ぶくれをなもみといい、なもみは(外で働きもせず)火にあたってばかりいる怠け者の象徴。そしてなまはげが手にする出刃包丁は凶器ではなくなもみを剥ぐための道具。
祝祭に際し仮装して家々を訪れる風習は世界の各地にもあるらしいが、恐ろしげな衣装を身に纏い怠惰の戒めを第一とするなまはげはいかにも日本らしい。

なまはげ館まで来たらすぐ隣で見られるなまはげ実演を見ずには帰れない。
観客は一回ごとの総入れ替え制だが、スケジュールを確認したらなんと一日13公演。AKBもびっくりの超ハードスケジュール。それなりに声も張っているので一人で朝から晩まで全ての回に出られる訳もなく、なまはげキャストが沢山スタンバイしているのに違いない。すごいぞなまはげ48

なまはげ48劇場
生で見るなまはげは迫力満点だが、なまはげ公演の最高の演出は子供の泣き声。
チケットを買ったら開演待ちの観客の中に子供がいる事を確認すべし。