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6.13.2011

撤収どすえ

原発事故対策として、この春より社員の約3分の1を西日本の某大都市に移動させて構えていたセカンドオフィス。
先日、その運用の収束が発表された。
すなわち緊急災害体制を解き、必要最低限の拠点としての機能を除いてはセカンドオフィスの人員・施設を全て本社へ撤収し、会社組織を震災以前の平時体制へ戻すと決定されたのだ。

余震もほぼ収まり原発事故も小康状態である為…という名分に基づいての決定。だがこれは正直微妙な判定ではある。
確かに地震は落ち着いたといっていい状態にはあるがそもそもそれは今回のエクソダスには関係ない。直接のトリガーとなった原発事故はあれからレベル7に達し、なお収束の目処すら立たないまま周辺住民、というか多くの国民を日々被曝の脅威に晒し続けている。要するに事態は決して好転はしていない。

会社にとっては、東西ツイン本社体制は日々莫大なコストを発生させ、かつ社員にも日々多大な負担を強いる重いシステムに他ならない。その一方で好転はしていないが極端な悪化もしていないという昨今の福島第一の状態。この二つをを天秤にかけた上での、これは営利企業としての現実的な判断といったところだろう。
正直、放射能汚染なら(極端な近距離を除けば)東北だろうと関東だろうと関西だろうと五十歩百歩。安全を目指すならば九州か沖縄、あるいは北海道東部にでも逃げるしかないというのがもはや周知の事実だが、今のところそこまでの覚悟を決めた社員もいなければ、この度の会社の決定に正論をもってして正面から異を唱える者もいない。誰だって自ら生活の基盤を失いたくはない。まあ、みな大人なんで。
半径200kmレベルの被曝のリスクを将来にわたり抱え込んだとしても現在の生活を守るという我々の選択が正しいのかどうか。自分には分からない。未来は無数の分岐点を辿った先にあるものだから。
まあ、これは仕方ない。
うーん…まあ、仕方ないとしかいいようがないか(苦笑)。

3.19.2011

クリーニング店からブランケットが送れる

日本リ・ファッション協会が受付けている被災者支援の毛布類の提供、記載の住所まで送付しなくとも、首都圏に140店舗を展開している喜久屋クリーニングショップの店頭でも受付けて貰えるらしい。
送る気持ちはありながら梱包の手間や送付費用などを考えると二の足を踏んでいた人にも、いつも利用のクリーニング店で洗濯物を出すのと一緒に受けとってもらえるのであれば支援の敷居はぐっと低くなる。これはいいシステムだ。

幸い、自分が利用しているクリーニング店も喜久屋。
開封のみで未使用新品、使い道のないままクローゼットのこやしとなっていたアレをこういう時にこそ役立てよう。
たった一枚で本格的な毛布ではないが…何もしない方がマシ、という事が世の中には往々にしてあるが、これは何もしないよりはマシの類だと信じて。断捨離の対象にしなくてよかった。






送ってあげないよ!ジャン




嘘です。送ります。つい口走ってしまいましたごめんなさい

ベイルアウト!

本国のHQから予告なしで移転命令が下り、管理職含め社員の三分の一ほどが一両日中に西へ移動する事となった。
行き先は、二転三転した挙句にやっと西国の某都市に決定。移動した社員は、当面は割り当てられたホテル住まいとなる。
各組織とも移動人員数が割振られた状態で指示が下り、そこから人員選定および申渡しまでわずか30分という荒業。移転する可能性を前もって知らされていた管理職はともかく、突然通告されたスタッフは呆然とする他はない。

心配していた女性スタッフの「業務命令拒否=退職」は少なくとも現時点では発生していない。これは、
移動対象に選定されたのが独身と子供なしであった事(意外とおひとりさまが多かった…)、
これはあくまで原発の状態が落ち着くまでの期間限定措置であると強調されていた事、
移動期間中も東京との定期的な人員ローテーションや週末の一時帰宅費用負担を「考慮する」※1とされた事、などが奏功している。
誰もが原発の状況を少なからず不安に思っている事も大きいが、あまりに急な話で事態がよく把握できていない為、というのも確かにある。説明を受けた多くは、期間1-2週間程度の長期出張に似たものと考えている節がある。多分その程度では済まない。

少なくとも原発が落ち着いて政府が安全宣言を発するまでこの措置は継続する筈だから、期間は事実上の無期。
1ヶ月かもしれないし、3ヶ月かもしれない。もしかしたら1年になるかもしれない。
移動の準備でばたばたしている今はそこまで考えが及ばないだろうが、業務が落ち着くにつれて先が見えない状況に嫌気が差して辞めてしまうスタッフは続出するだろう。何しろ会社が慌てて押さえたオフィス環境は劣悪でインフラ整備もままならず、仮住まいならともかく、とても長期にわたる勤務に耐えられるものではない。管理職ならともかく、スタッフにそこまでのロイヤルティを期待するのは無理というものだ。
現場監督にあたる管理職を吊るし上げてガス抜きする位ならまだいいが、この移動措置が終了するまでにばたばたと退職されてしまうのが一番困る。

退職で不足した人員を東京から送る→繰り返すうちに東京が手薄になる→東京撤退で完全移転
退職で不足した人員を現地採用する→繰り返すうちに現地社員が増え、逆に東京に戻れなくなる→本社二分体制が固定化

いずれも望ましい事態ではない。後者となった場合も遠からず前者に転ずるだろうし※2、そうなれば自分も退職を余儀なくされる。しかし状況が長期化するにつれ、このリスクは右肩上がりで高まっていく。
被災地も心配、原発も心配、この上己の身の振り方まで心配したくはないのだが。



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※1 「約束する」ではないところが大人の答弁。
※2 現地固定がはっきりした時点で今度こそ大量の退職者が発生するのは間違なく、また同等の機能を持つにいたったオフィスを二つ置く位ならば東京を撤収して一つに纏めてしまおうと考えたとしても少しも不思議ではない。現に営業部門だけを残して東京から完全に撤収し、低コストな地方都市に本社機能を移転してしまっている同業他社は幾らでもある。

3.16.2011

ベイルアウト?

都内に本社機能を置く外資系企業が少なからざる割合で首都脱出計画を立て始めていると噂される中、わが社も例に漏れず、大至急との札付きで避難移転計画の立案と費用の見積もりを命ぜられた。

想定される行き先は…半径300km圏外の大都市。どこであれ、自宅から通える場所ではないのは確かだ。
これを気が早いというかどうか?
外資のHQがリスクに過敏気味なのは確かだが、海外では既に事態が「スリーマイル以上、チェルノブイリ未満」のレベル6に達していると報道されている。
なぜか当の日本では報道されていないが
(報道されました)。

しかしねえ、とディスプレイに映し出されたパワーポイントを眺めながら溜め息が漏れる。
これは現実には不可能だ。
当社のスタッフに、身軽な独身男性など殆どいない。
過半数が家庭を持つ主婦であるベテラン社員で構成されているのだから。

「本社移転が決定しました」
「期間は最低半年以上ですが未定です。年単位になるかもしれません」
「さらにいえば、移転は恒久的なものになる可能性もあります」
「とにかく急いで準備してください。あちらでマンションを借りてもらいます」

こんな命令に唯々諾々と従って家庭を離れるとは思えない。
「だったら辞めます」と即答するのが殆どだろう。

過半数のスタッフが一斉に退職したら業務自体が成立しない。
会社機能を存続させる為の避難移転である筈が、これでは正しく本末転倒。

とは言え、事態が悪化の一途をたどり一向に好転する兆しを見せない現在、自分の中でもこのプランが「絵に描いた餅」から「現実路線」にじりじりとシフトしつつあるのは否定できない。
大げさでなく、日本の運命は最早東京電力の双肩にかかっているといっても過言ではない。
何とか踏ん張って貰いたい。東電超がんばれ。ここが鍔際だ。

3.14.2011

As usual

ABCニュースのサイトが脳裏から離れない。
宮城県だけで一万人は下らないという犠牲者や
かけがえのない家や大切な人をなくした何十万人もの被災者、
その無念や絶望は、察するには余りありすぎて言葉に出来ない。
この圧倒的な現実の前にはどんな言葉も軽い。

在京の身に出来るのは、せいぜい募金と節電程度。
自分は自分で、いつも通りの生活を守らなければいけない。
明日は我が身という覚悟を持ちつつ、
普通に起きて普通に働いて普通に寝る日常を守らなければいけない。

という訳で、節電の為にも今日はさっさと寝てしまおう。
週明けはオフィスの片付けから始まり、
業務には被災者支援対策が加わって一段と多忙な日常がやって来る。

3.12.2011

海も山も

会社泊のスタッフからは無事帰宅したとのメールが入って一安心。
一番遠方の我孫子市に住んでいるスタッフは朝8時に出発して午後1時に漸く帰還したとの事。
5時間…
会社全体でも、帰宅の足に影響がなかったのは徒歩通勤者と自転車通勤者の二-三名のみ。
一日の大半を過ごすのが会社なのであれば、職住近接はやはり軽視できないメリットだ。

復旧後全線で終夜運転を敢行した東京メトロに対し、早々にギブアップしてシャッターを下ろしてしまったJR東の対応には批判が集まっている。
まあそれなりに事情があるのだろうが…そうなると何十万人というオフィス難民が発生するのは火を見るより明らかなのだから、一部だけでも何とかして欲しかった。

想像を絶する津波の被害には言葉もなく、ただ一人でも多く助かるように願う他はないが、長野の友人と「長野は地盤固いし津波もないしいいな」などと遣り取りした直後に今度はその長野で震度6と聞くと、日本全国どこにも安全な場所などないのだと痛感する。この国に住む事それ自体が相当なリスクを背負った行為なのだと。

タワマンの弱点

スタッフからSOSコールが入ったら車を出すつもりで待機していたものの、結局会社に泊まる事にしたらしい。
まあ道も酷い渋滞だし、いつ激しい余震が襲うかもわからないし。
ビルの中にいれば取り敢えず安全は確保されるので、無理に家路を急ぐよりそれが正解かもしれない。

さて9階と12階にそれぞれオフィスが存在するわが社。
12階は先ほどのエントリの通りしっちゃかめっちゃか、だが9階はそれ程でもなかった。
本体がしなるように揺れる事でエネルギーを逃がす構造のビルは、当然ながら高層階に行く程揺れが酷くなる。
12階と9階でもこれだけの差が出るのだから、20階30階更にそれ以上のフロアは推して知るべし。
もんのすごい振れ幅が延々と続くことになるのだから。
さらに地震になるとエレベーターは止まるのだ。移動手段は非常階段しかない。
足の弱った年寄りが20階30階まで階段で辿り着けるだろうか(タワーマンションの23階に住む友人に連絡がついたが、部屋にモノが散乱しているのは勿論、23階まで階段で昇降するのにくたびれ果てたと。そりゃそうだ)。

立地と眺めが良好でしかも割安なのがタワマンの魅力だが、大きな地震に直面するとこういった住まいとしての決定的な弱点が露呈する。
構造体としての建物は平気でも、その中で激しくシェイクされる人や家具は堪ったもんじゃない。
しかし建物としては一戸建てより遥かに丈夫に強く作ってあるのもまた事実。
家選びに正解はない。


ああまた余震…
当面の間は重量物は下に降ろして置かなくては。

しかし…

こういう時に早速ツイッターで悪質なデマが飛び交っている。
どこそこの誰々が大怪我して動けないので救出しに行って下さいとか何とか。


人の良心を弄ぶ輩は、それこそ料亭から落下した瓦に頭をぶつけて死んじまった方がいいんじゃないかと。

M8.8!

被災された方には心からお見舞い申し上げます。少しでも早く平穏な日々が戻りますように


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12階のオフィスで会議中に襲った地震はキャビネットをなぎ倒しプリンターを落下させPCをひっくり返し、天井にぶち当たって割れたランプシェードまで降ってきて職場は大混乱。
業務は勿論中断、揺れが収まるのを待って非常階段を降り、人事部の指示のもと日枝神社に集合して安否確認。

非常階段の壁も至る所にクラック

料亭の間の小路には落下した瓦が散乱




赤坂日枝神社。石段にへたりこむOL多数




当社からは幸い怪我人も出なかったのを確認するとそのまま解散。
オフィスの惨状を見るに自宅もさぞや…
もしかして新築一年を待たずして地震保険の世話にならなきゃならんのかと思うと、ペダルを漕ぐ目の前が暗くなる。
ともかく大渋滞の合間を縫って自宅に辿り着くと、ドアの鍵を開くのももどかしく家に駆け込む。

しかし何という事か、バイクも冷蔵庫もその上の電子レンジも本棚も靴棚も
大きな姿見もプリンタもPCも居候の水槽も、
全て落下/転倒していてもおかしくない大物が一つも転倒せずに耐えていた。
偉い!と思わず口走る。

転倒は免れたものの、これらの一部は位置がずれてしまっているのが揺れの大きさを物語る。
チェックすると、家の損傷は本棚から落下したブックエンドに大きくえぐられた床の傷と、
一階DKの壁の漆喰にクラックが一箇所。
しかしこの程度で済んだのは僥倖と言うべきだろう(Sさんこの家は耐えましたよ!)。

漆喰表面にビシッと一筋。部分的な補修は却ってクラックを目立たせてしまうので考えどころ


バス以外の交通機関は未だ再開せず、そのバスも満員ばかりで誰も乗れない有様。
自転車通勤の自分は帰宅できたが、遠方より電車通勤の社員は未だオフィスに取り残されたまま。
救出しようにも定員二名の車はこういう時にはまるで役に立たず(一名ならピックアップ可能とメールしたが届かない…)、この時ばかりはそれが恨めしい。

明日上棟式のMさん家は…大丈夫か。心配だ